大阪高等裁判所 昭和42年(う)991号 判決 1967年9月28日
主文
原判決を破棄する。
被告人は無罪。
理由
<前略>所論にかんがみ、原審において取調べられたすべての証拠および当審における事実調べの結果にもとずいて調査するに、被告人は原判示の日時(午後一〇時二五分ごろ)に大型貨物自動車を運転して原判示場所附近の東西に通じる国道一号線道路(歩車道の区別なく、舗装部分の両側に巾約六五ないし八〇センチメートルの非舗装路肩部分があるが舗装部分の巾員は約一一・一メートルであつて、その中央には白線によつて中央線が設けられている。また衝突地点を中心に東西とも約三、四〇〇メートルの間は直線で視界を妨げるものはなく殆んど勾配もない)の左側部分を毎時約六〇キロメートルの速度で東進中で、同道路を対向してきた榊原勝利(被害者)運転の二輪の自動車(軽自動車)と正面衝突し、このため同人は路上になげ飛ばされ、頭蓋骨骨折により即死したことが認められるが、右衝突地点は道路の中央線から約一・四メートル左(被告人の進行方向に向つて左)に寄つており(この点は現場に残された被告人の自動車の左右前輪のスリップ痕からも確めることができる)、同地点において被告人の自動車前部右端附近のフェンダーないし前照灯の部分(車体右側面よりわずかに中心寄り)に被害者の自動車の前輪および車体右側半分が接触衝突したことが証拠上明白である。したがつて少くとも衝突時においては被害者が通行区分に違反し中央線を約一・四メートルも右に越えて進行したことが明らかであるところ、被告人が事故直後事故現場において指示したところおよび事故の翌日に司法警察員に供述したところによれば、被告人は道路左側部分中央線寄りのところを毎時六〇キロメートルぐらいの速度で東進中、最初衝突地点の手前五六メートルぐらいのところで約一〇〇メートル前方の道路中央附近に対向してくる被害者運転の車輛の前照灯灯火を認め、同車輛において追い越そうとする他の車輛もないのでやがて道路右側(同車輛にとつては左側)によけて通過するだろうと思い直進を続けると、同車輛もそのままどんどん進行し、被告人が中央線との間に約〇・六メートルの間隔をおいて衝突地点の手前約一四メートルのところに達したとき、約二五メートル前方に接近して来ていた同車輛が中央線を約〇・五メートルないし一メートルも左(被告人の進向方向に向つて左)に越えてぐんぐん迫つて来るということが初めてわかり、急ブレーキをかけたが及ばず、前記のとおり衝突したというのであつて、この被告人の指示説明ないし供述を覆すべき証拠はない。そして被告人が最初被害者の車輛の前照灯灯火を発見した時から同車が中央線を越えて迫つてくることがわかつた時までの間にすでに同車輛が中央線を越した位置を直進し続けて来たと認むべき証拠はないし、被告人において最初の発見後同灯火に対し十分注意を払つてきたと認めることができるから、結局被告人が最初約一〇〇メートル前方に被害者車輛を発見した当時は被害車輛は道路の中央線上附近にあり、しばらくの間そのまま西進を続けたが、被告人の自動車の前方二十数メートルに接近したころに急に進路を右に寄せ、被告人がハンドル操作により自車の進路を従前のものよりもさらに〇・八メートル近くも左に寄せたにもかかわらず、約一・四メートルも中央線を越した位置で被告人の自動車の右端附近に衝突するにいたつたものと認めるのが相当である。しかも道路の巾員は一一メートル余もあり、被害車輛が道路の左側部分に進路を寄せるのに障害があつたとか逆に中央線上よりもより右に寄つて被告人の進路内に進路を移して来ることが当然に予想されるような特別の事情があつたわけでもなかつた(衝突地点から東方十数メートルのところに北方へ通じる巾約四・六メートルの道路と交わる交差点があるが、被害車輛は同交差点を過ぎて衝突地点にいたるまでの間なお高速で西進を続けているのであつて、同交差点を右折すると予想し得る態勢にあつたものとは認められず、また被告人の原審公判廷における供述によれば、同車輛は減光しなかつたが被告人は前照灯を下向きにしていたというのであつて、被告人の前照灯の照射に眩惑されて被害者が運転を誤り得る状況下にあつたと認めることもできない)から、被告人としては、接近するにしたがつて被害車輛が中央線上の進路から左側通行の進路をとるようになるか、そうでなくても対向車道に進入するようなことはなく、少くとも中央線上附近の進行を持続することを信頼し、ただ至近の間隔ですれちがうことを考慮し、ハンドル操作に注意して進行を続ければ十分なのであつて、相手車輛が直前に接近してから急に対向車道に立入つて来ることまでも予測し、そのために生じ得る衝突事故を避止するためあらかじめ警音器を鳴らして相手に警告を与え、または減速徐行し、あるいはことさら道路の左側に寄つて進行しなければならない業務上の注意義務があるとすることはできないし、被告人はげんに中央線との間に約〇・六メートルの間隔を残して左側通行を続け、衝突地点に至るまでの間になお左に寄つて中央線との間に約一・四メートル弱の間隔をとつているのであるから、この被告人の運転方法に過失があると認めることはできない。結局本件については、被告人に原判示のごとき業務上の注意義務を科するに足るだけの状況が存在したと認めるにはいたらず、被告人に右のごとき注意義務違反の過失を肯定することができないのであるから、被告人に対しては無罪を言渡すべきであるにかかわらず、これを有罪とした原判決は事実を誤認したかあるいは刑法二一一条の解釈、適用を誤つたかのいずれかであり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決は破棄を免れず、論旨は理由がある。(山田近之助 藤原啓一郎 岡本 健)